酔頭禿筆日記 sioux_pu’s diary

現像ソフトも編集ソフトもない撮ってだしです。というのもどうかな、と最近思っています。

ジプシーに纏り付かれたら兎も角走って逃げる


外人術 大蟻食の生活と意見〜欧州指南編〜』
著:佐藤亜紀/ちくま文庫


昨年7月に出版されたときには、パスポート期限が切れて10年以上経つし、もう海外旅行なんかしない、っていうかビンボーでできないからいいや、と思って買わなかったのだけど、立ち読みしたらやっぱり面白かったので購入してしまった。この本の紹介というより、連想したことを少々記録しておこうと思う。

…本当に巧い泥棒に掛かっては、どんな策を弄しても無駄である。これはパレルモでのことだが、通りを歩いていていきなり、ショルダーバッグの蓋が、ぱん、と音を立てて開いたことがある。それだけである。誰ともすれちがった覚えはない。見回しても誰もいない。店番をしていたおばさんが手招きするので近寄ると、今、子供があなたの鞄を開けて行ったが大丈夫か、と聞く。ぐるかもしれないと思いつつ、用心しいしい中身を確かめたが、何も盗られていなかった。カードケースさえ盗られていなかった。が、この、何も取られていないという事実が私を戦慄させた。私は子供の姿なぞまるで見なかった。気配も感じなかった。が、敵は一瞬で私に接近し、バッグの蓋をあけ、カードケースをそれと見分け、何も入ってないや、ちぇ、と立ち去ったのである。…(3.【外人術 その二】金のない外人はただの不良外人である)

こうしたことには、日本ではまず出くわさないだろうし、佐藤氏も、あちらの泥棒は日本人の想像の範囲を超えてるよ、気をつけたって無駄さって感じで書いている。この種の技術が日本で発達しなかった理由は、どこにあるのだろう。
ここから先は連想というか、想像なのだけれど、260年にわたる江戸時代のあいだに、(それまであったかもしれない、発達してきたかもしれない)窃盗の技術が途絶えてしまったのではないだろうか。理由の第一は、まず、治安が良かったこと。次に、何といっても日本の社会が豊かであったということ。職業として泥棒を選択しなければならないほど、切羽詰まった社会ではなかったのではないか。(さらに、鎖国政策により新しい技術が海外から導入されることがなかったことも大きな要素だったかもしれない。)
江戸時代の治安の良さについて、石川英輔は、江戸幕府が大名に強制した参勤交代の制度が大きく寄与したと述べている。

 たとえ形だけだったとしても、体制側の武装集団が全国を行軍して回るのだから、目に見える効果として街道筋の治安がはっきり良くなった。江戸時代初期は、江戸・大坂間の飛脚は武装していたが、「三度飛脚」という民間の定期便を幕府が公認した寛文三年(一六六三)には、丸腰で馬に乗ってゆうゆうと旅を続けている。もちろん山賊が出没するようなことはなくなっていた。それに、他国の殿様や武士たちが大勢通るから、道路や宿泊設備の整備が進み、国中どこでも安心して歩けるようになったのである。(石川英輔『世直し大江戸学』)

石川氏はこれと併せ、参勤交代に掛かる莫大な費用が街道沿いを潤したこと、また、通信・運輸が安定することによる経済効果にも着目している。
次いで、日本の中世から近世の豊かさについて、以下の記事にヨーロッパの貧しさと比較するなかで簡潔にまとめられている。
産業革命の背後にあった貧困(ITpro 環境思想で考える)

…英国は一躍世界一の農業生産力を誇るような感覚になるが、その革命的生産力増加でどの程度の播種率(1粒の種から何倍の種を収穫できるか)になったのかと言えば20倍である。確かに中世の3倍、そして最悪と言われた時代の3分の4倍と比較すれば天地ほどの差がある。ところが日本の場合、太閤検地での上田は150倍、中田は130倍、下田でさえ110倍なのであるから土地生産力の差は歴然としたものであった。

こんなところまで草が生えているのがあたりまえな土地。