sioux_pu’s diary

現像ソフトも編集ソフトもない撮ってだしです。

我的日本語

二か月積んであったリービ英雄の『我的日本語』を読みはじめた。
毎週木曜、大須ミスタードーナツで30分だけ読む、という読み方になるから、またきっとずいぶん時間がかかるだろうと思う。
冒頭からかなりおもしろい。

 自分で文章を書きながら、漢字か平仮名か片仮名かを、選ぶ。そこに日本語の、いい意味での不自然さが入っていると思う。
 平仮名で書くのと漢字で書くのとでは、ずいぶん違う。しかしその使い分けができるところが、日本語の豊かさでもあると思う。「選択」という過程が常にある。文字のかたちそのもの、文字の種類を選ぶという選択は、決められ与えられた英語や中国語にはない。他の言語には、ボキャブラリーの選択があるだけだ。

併せて思うのが、仮名遣いも旧仮名遣いとと新仮名遣いではまったく印象がかわることがあるということ。
内田百輭の『とほぼえ』を『とおぼえ』と書いて、「ちう」を「ちゅう」と書いたりしたら、ちっとも怖くなくなってしまう。
ついでに、漢字テストで「十分」を「じっぷん」と回答して×になったという知人の妹さんのはなし。「十」は旧かなでは「じふ」なので「じっぷん」で正解のはずだけれど、戦後教育的先生「じゅっぷん」と書かせたかったのだろう。最近はNHKでも「じっぷん」と発音している。
言いだしついでで、漢字表記も正字体と新字体ではまったく印象がちがう。ある小説で、夕日を見ている場面に登場人物が「ああ、畫(え)になるね」と言ったのを、正字体で書かれていたために「ああ、晝(ひる)になるね」と言った、と読み間違えて感動したんだけれど、気がついてがっかり、というはなしを読んだことがあるのだけれど、どこで読んだのか例によって思いだせない。